水戸地方裁判所竜ケ崎支部 平成2年(ワ)130号・平2年(ワ)147号 判決
亡中川一興訴訟継承人甲乙両事件原告
中川薫
右訴訟代理人弁護士
横田俊雄
甲事件被告
茨城県
右代者表知事
竹内藤男
右指定代理人
渡邉和義
同
井上邦夫
同
小林清久
同
荒木憲一
同
森和雄
同
岡部伸二
同
鈴木隆久
同
地引勤
同
浅浪晃
同
渡辺光一郎
甲事件被告
東建設工業株式会社
右代表者代表取締役
川崎朝城
乙事件被告
川崎朝城
右両名訴訟代理人弁護士
環直彌
乙事件被告
林幸男
右訴訟代理人弁護士
長谷川恒弘
事実及び理由
第三 争点に対する判断
一 被告県に対する損害賠償請求(甲事件)の可否
1 原告の主張1の(1)関係
被告東建設は、中川宅のうち、幅約九メートル、奥行き約七・五メートルにわたって除去するとして、右除去予定部分の敷地部分(以下「除去予定部分」ともいう。)を変更前本件建物の敷地とするとして、右建物建築計画についての本件建築確認申請をし、これに対して龍ケ崎土木事務所建築主事は、右申請どおり右除去予定部分を変更前本件建物の敷地として算入して本件建築確認をしたが、しかし、中川宅を除去することはできず、右敷地としての実態を有しないことが明らかとなったが、右除去予定部分を敷地として算入しないとすると、変更前本件建物は、容積率及び建蔽率違反の建物となり、本件建築確認は、本来なされるべきものではなかったものであること、既に述べたとおりである。
ところで、建築確認の制度は、建築基準法の目的を達するために設けられた違反建築防止の手段であるから、建築主事は、確認に当たり、建築確認申請書等の記載を鵜呑みにすることなく、確認の結果がその実態と一致するように努めなければならない。しかし、建築主事の審査は、専ら建築行政の立場から、建築計画が建築基準法の規定に適合するかどうかという観点に立って行われるものであり、しかも、建築確認は、単なる判断の表示であって、法律効果を形成する行為ではない。したがって、建築主事は、建築物の敷地について、使用権原の有無等私法上の法律関係を審査する権限がなく、当該敷地が私法上敷地として使用することが可能か否かにつき調査すべき職務上の義務もないもので、申請書に基づきその建築計画が前記法令の規定に適合するか否かを形式的に審査すれば足り、申請書に記載の敷地予定地に立ち入って現地調査をするとか除去予定建物所有者に除去の可否や時期について確認する措置をとらねばならない義務はないというべきである。
そこで、右のことを前提にして本件建築確認の適否につきみるに、前記のとおり、本件確認申請書等の記載による限り、本件除去予定部分を変更前本件建物の敷地として算入すると、右建物には容積率及び建蔽率違反は生じなく、この点では土木事務所建築主事において本件確認申請を拒むべき事由はなかったものであり、また、前記のとおり本件除去届中の「住宅の利用関係」欄には「(1) 持ち家、(2) 貸家、(3) 給与住宅]との記入欄のこの部分には何らの記入もなされていなかったなど記載に不完全な部分が見受けられたが、いずれも些細なものと評価し得、せいぜい補正させれば足りることで、右の如き記載の不完全さの故に土木事務所建築主事において前記立ち入り調査や質問等の措置をとるべき義務が発生するとは到底考えられず、さらに、本件除去予定建物は結局除去されなかったものであるが、除去の可能性については、本件建築確認申請時に提出された申請書類からは判明しない性質のものであり、したがって、除去されなかったからといって、そのことで調査不十分の誹りを受けるべき筋合いのものでもない。
そして、他に、土木事務所建築主事のなした本件建築確認が違法となるような点は見受けられない。
2 原告の主張1の(2)関係
原告は、本件建築確認の前提となっている中川宅の除去による原告土地の敷地組入れがそもそも不可能であったから、本件土地部分が敷地として算入することができるか否かにかかわりなく、茨城県知事は建築基準法九条に基づく措置命令を発するべきであったのに、これをしなかった点で不作為の違法がある旨主張する。
ところで、建築基準法九条に基づき特定行政庁が違反建築物について建築主に対してなす是正措置命令は、違反建築物の違反の内容、程度、環境破壊の程度、付近住民の被害の程度、建築主事による自発的な違反状態解消の努力の有無、是正措置により受ける建築主の経済的損失の程度、その他諸般の事情を総合考慮した特定行政庁の合理的な判断によって決せられるべき自由裁量に委ねられているものと解される。そして、特定行政庁が是正措置をとらないことが付近住民等の第三者に対する関係において違法となるのは、特定行政庁において、建築物の違反の程度が著しく、第三者が重大な生活利益の侵害を受けていることが明らかで、違反状態解消のための是正措置をとることに別段の支障がなく、建築主事による自発的な違反状態の解消も期待できないにもかかわらず、右の違反状態を認識しながら何らの措置もとらず、違反建築物の存在を認容しているのと同視し得る場合など、その権限不行使が著しい裁量権の濫用にあたる場合に限られると解せられる。
そこで、これを本件についてみるに、本件の具体的な事実関係から考えると、特定行政庁たる茨城県知事が本件建物の完成までの間に建築工事の施工の停止命令等の是正措置をとらなかったが、県知事の権限不行使について裁量権の著しい濫用があったとは認め難い。すなわち、亡中川の代理人弁護士が平成二年一一月一日付で茨城県建築審査会に本件建築確認に対する審査請求をし、同月二日付で龍ケ崎土木事務所を通じて茨城県知事に対し違法建築是正措置要請書を提出したことから、土木事務所建築主事は、本件建物が完成した後においても中川宅が除去されないで残存することが明らかであると判断し、同年一一月五日頃、建築基準法一二条三項に基づき被告東建設に対し中川宅を除去しない場合の敷地の状況について報告するように求め、また、同条四項に基づき本件建物の敷地に立ち入り現地調査を実施し、さらに、同年一一月一五日頃には、土木事務所長が本件建物についてその容積率及び建蔽率を満たす敷地が確保されるまで工事を停止するよう行政指導の一貫として口頭で命じ、これに対し、被告東建設は、一旦本件建築工事を停止した(〔証拠略〕)。そして、既に述べたとおり、被告東建設は、土木事務所建築主事に対し同年一二月一〇日付で原告土地を建築物の敷地から除外し、新たに本件土地部分を敷地とし、また、変更前本件建物の床面積も若干縮小する旨の建築基準法一二条三項に基づく報告をなしたが、これによると、本件土地部分が敷地と認められれば、建蔽率及び容積率各違反の点は解消されるものであった。このように、建築主事による自発的な違法状態解消の努力がなされ、それがある程度の効果を発揮しているものである。また、一度建築された建築物をその一部であっても軽々に除去することは、所有者にとってのみならず、国民経済的観点からみても損失が大きく、無視し得ないものであることが明らかである。さらに、後記のとおり、本件土地部分を本件建物の敷地として認定することは可能であると考えるが、仮に、本件土地部分が本件建物の敷地として認められず、そのために建蔽率及び容積率の各違反が生じるとしても、その違反の程度は軽微なものであるということができ、そして、右違反状態が存するとしても、そのために亡中川や原告及びその家族の居住環境が悪化し、重大な生活利益の侵害を受けていることを窺わせる証拠もない。
以上の諸事情を総合すると、茨城県知事の権限不行使について、本件建物の建蔽率等の違反状態を容認したと同視し得るほどの著しい裁量権の濫用があったとは到底認め難いのであって、茨城県知事に不作為の違法があったとすることはできない。
3 原告の主張1の(3)関係
原告は、本件土地部分は本件建物の敷地とはいえず、したがって、本件建物は建築基準法違反の建築物となるのに、建築主事が被告東建設に対して本件建物の検査済証を交付したのは違法である旨主張する。
そこで検討するに、〔証拠略〕によると、被告東建設は、中川宅の除去が不可能なため、早急に代わりの敷地を確保して本件建物の建築続行完成を図ろうとして、本件建物敷地となっている別紙物件目録二、三記載の土地に隣接する訴外山崎信道所有の本件土地部分を賃借することにしたこと、被告東建設は、平成二年一一月一一日頃、同訴外人との間で期間を一応二年と定めて本件土地部分を賃借する旨の賃貸借契約を締結し、賃料を前払いしたこと、右賃貸借契約では、特約として、本件土地部分と被告東建設所有土地との境界に設置されている境界塀を取り壊すこと、訴外山崎は本件土地部分を更地にすること、及び、同被告は、その旧事務所があった土地の一部を代替地として同訴外人に貸与することが約されたこと、そして、右特約に基づき右境界塀が一部取り払われてそこより本件建物敷地から本件土地部分に出入りできるようになったこと、また、訴外山崎は、賃貸した本件土地部分の範囲を明確にすると共に右土地内に立ち入らないようにするため、本件土地部分とそれ以外の同訴外人所有土地の境にコンクリートブロックを敷設したこと、その後の同年一二月、被告東建設から本件土地部分を本件建物の敷地とする等の内容の前記建築基準法一二条三項に基づく報告を受けた土木事務所建築主事は、本件土地部分の状況等につき現地調査を実施し、その結果、本件土地部分を本件建物の敷地と認めることができると判断し、そして、本件土地部分を敷地として算入すると、本件建物は容積率及び建蔽率の基準を充足していることになり、右の問題点が解消されたとして工事完了検査後被告東建設に対し本件建物の検査済証を交付したこと、右検査済証交付後も暫くの間、訴外山崎は、本件土地部分上に従来からあった駐輪のためのテントを残す等して本件土地部分に対する占有を完全には失ってはいなかったが、現在では、右テントも撤去し、本件土地部分内に立ち入らないようにしていること、本件土地部分の賃貸期間は契約書面上二年となっているが、訴外山崎は、本件土地部分を本件建物の敷地の一部とするために賃貸されたものであることを認識し、今後も引き続き本件土地部分を同被告に賃貸していく意向であること、以上の事実が認められる。
ところで、建築基準法上の敷地とは、一つの建築物又は用途上不可分の関係にある二つ以上の建築物のある一団の土地をいい、右一団の土地とは、当該建築物と用途上不可分の関係にあり、これと共通の用途に現実に供せられている土地であると解せられる。そして、当該建築物と用途上不可分の関係にあり、これと共通の用途に現実に供せられているか否かは、建築物の所有者が建築物と共にその土地の占有を保持しているか否かで判断され、客観的に一団の土地をなしているか否かは、当該建築物の所有者がその現実的支配を行っていることを塀、柵又は境界標等適当な方法で外部に対して明示しているか否かで判断されることになる。
そこで、以上のことを前提に判断するに、被告東建設が本件土地部分を賃借したのは、本件建物が建築基準法違反の建築物であるとの誹りを免れ、無事検査済証を得るためのもので、多分に応急的、便宜的措置であることは否定できないが、しかし、前記認定の諸事情に加えて、訴外山崎宅の敷地から本件土地部分を除いても山崎宅が建蔽率や容積率違反の建物とはならないことが窺われること(弁論の全趣旨)を考慮すると、被告東建設は、本件土地部分に対する現実的支配を取得しており、そして、このことをコンクリートブロックの敷設により明示しているものであるから、本件土地部分を本件建物の建築基準法上の敷地とみることに妨げはないものというべきであり、また、土木事務所建築主事が本件土地部分を本件建物の敷地と判断し、検査済証を交付した時点においても同様であって、したがって、同主事の右判断と検査済証の交付について違法な点は見当たらない。
よって、右原告の主張も理由がない。
4 以上のとおりであって、土木事務所建築主事の本件建築確認、特定行政庁の是正措置権限の不行使及び本件建物完成後の建築主事の行為に違法な点は見当たらないし、右の者らにその他の違法な点があったことの立証もないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告茨城県に対する本件損害賠償請求は失当である。
(裁判官 千川原則雄)